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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)8540号 判決 1963年2月20日

判   決

原告(反訴被告)

極東パルプ製造株式会社

右代表者代表取締役

大山梅雄

右訴訟代理人弁護士

岡田実五郎

佐々木熈

小久江美代吉

被告(反訴原告)

木戸健一こと

朴石鼓

被告

石井宏

被告

山崎力造

右被告三名及び

反訴原告訴訟代理人弁護士

長田喜一

右被告朴、同石井及び

反訴原告訴訟代理人弁護士

河本喜与之

右被告三名訴訟代理人弁護士

中嶋正起

曾我部東子

右被告三名訴訟復代理人弁護士

籠原秋二

右当事者間の昭和三五年(ワ)第三、四一八号賃借権不存在確認請求事件及び昭和三六年(ワ)第八、五四〇号建物賃借権確認請求反訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告と被告朴石鼓との間において、被告朴石鼓が別紙第一物件目録記載の建物について賃借権を有しないことを確認する。

被告朴石鼓及び被告石井宏は、原告に対し、別紙第一物件目録記載の建物を明け渡せ。

被告朴石鼓、被告石井宏及び被告山崎力造は、別紙第一物件目録記載の建物について、内部の模様替その他原状を変更する一切の工事をしてはならない。

反訴原告の反訴請求を棄却する。本訴に関する訴訟費用は、被告等の負担とし、反訴に関する訴訟費用は、反訴原告の負担とする。

この判決は、第二項に限り、原告において金五〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

第一  申立

原告(反訴被告)(以下「原告」という。)訴訟代理人は、本訴について、主文第一項乃至第三項及び主文第五項前段と同旨の判決及び主文第二項について保証を条件とする仮執行の宣言を求め、反訴について、主文第四項及び主文第五項後段と同旨の判決を求めた。

被告等訴訟代理人は、本訴について、「原告の本訴請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、反訴原告(本訴被告朴石鼓)(以下「被告朴」という。)訴訟代理人は、反訴について、「被告朴が別紙第一物件目録記載の建物について原告に対し賃借権(賃料は、一日金一万円、毎月二五日払、存続期間は定がない。)を有することを確認する。

反訴に関する訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  本訴の請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴の請求原因として、

一、別紙第一物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)は、原告の所有に属する。

二、しかるに、

(1)  被告朴は、本件建物について賃借権を有すると主張している。

(2)  被告朴及び同石井は、本件建物を占有している。

(3)  被告朴及び同石井は、大工職である被告山崎をして、昭和三五年二月中頃から、本件建物について、内部の模様替、造作の設置その他の工事をさせている。

三、被告等は、本件建物について何等の権限を有しないものであるから、原告は、被告朴に対し、本件建物についての賃借権不存在の確認を、被告朴及び同石井に対し、本件建物の明渡を、被告等に対し、前記二(3)の工事の禁止を求める。

と述べた。

第三  本訴の請求の原因に対する答弁

被告等訴訟代理人は、請求原因第一項及び第二項の事実は認めると述べた。

第四  本訴の抗弁及び反訴の請求の原因

被告等訴訟代理人は、本訴の抗弁として、被告朴訴訟代理人は、反訴の請求原因として、

一、(1) 被告朴は、昭和三一年五月一日、原告から、その所有に係る別紙第二物件目録記載の建物(以下「従前の建物」という。)のうち一階部分を賃借し、次で、昭和三三年九月一二日、原告から、従前の建物の残余の部分をも賃借し、結局、同日、原告から、従前の建物全部を賃借した。

(2) 右従前の建物全部の賃貸借契約における約定は、(イ)使用目的は喫茶店営業をすること、(ロ)賃料は、一ケ月金三〇万円(但し、昭和三五年六月頃から一日につき金一万円)、毎月二五日限り、その月分を支払うこと、(ハ)期間の定はない等であつた。

二、その後、昭和三四年九月四日、従前の建物は、火災に罹り、三階及び二階の一部を焼失したが、その焼失部分は、被告朴の賃借部分の約四分の一に過ぎず、従前の建物は、補修することによつて、十分使用できる状態であつたから、被告朴の賃借権は、残存部分について存続していた。原告は、被告朴と協議の上、従前の建物を補修し、昭和三五年一月頃には、その補修工事を完了した。右補修工事の結果、従前の建物は本件建物となつたが、もとより、本件建物と従前の建物とは同一建物であるから、被告朴は、本件建物について、前記一の(2)の約定の賃借権を有する。

三、かりに、従前の建物が右火災によつて焼失したとしても、被告朴は、昭和三四年一〇月五日、原告に対し、再建後の本件建物の賃料の前払の趣旨をも含んで、金五〇万円を支払い、原告も、右金員を受領し、被告朴は、同日、原告から、本件建物を、前記一の(2)と同一の約定で、賃借した。

四、被告朴は、従前の建物の一階部分を賃借した当時から、従前の建物において、喫茶店を経営しているが、その頭初から、税金対策上、原告の承諾を得て、被告朴の弟である被告石井を営業名義人として、右被告両名が共同して、従前の建物及び本件建物を占有して、右喫茶店を経営しているものである。

五、被告朴及び同石井は、再建後の本件建物を、喫茶店として使用するため、大工である被告山崎をして、本件建物について、右喫茶店営業をするために必要な内部の模様替、造作の設置その他の工事をさせているものである。

六、以上のように、被告朴は、本件建物について前記一の(2)の約定の賃借権を有し、被告朴は、右賃借権に基き、被告石井は、原告の同意を得て、本件建物を適法に占有し、被告等は、本件建物を約定の使用目的に従つて使用するために、必要な工事を施行しているものであるから、原告の本訴請求は、失当である。そして、原告は、被告朴の本件建物について有する賃借権を争つているので、被告朴は、反訴において、本件建物について前記一の(2)の約定の賃借権をすることの確認を求める。

と述べた。

第五  本訴の抗弁及び反訴の請求原因に対する答弁

原告訴訟代理人は、被告等の抗弁及び被告朴の反訴の請求原因に対する答弁として、

一、第一項(1)の事実は認める。同項(2)の事実のうち、(イ)は認めるが、その余は否認する。従前の建物の賃貸借契約における約定の詳細は、後記第六の二(2)記載のとおりである。

二、第二項の事実のうち、従前の建物が、原告主張の日に、火災に罹つた事実は認めるが、その余の事実は否認する。従前の建物は、右火災によつて滅失したから、被告朴の従前の建物について有していた賃借権も、消滅した。即ち、従前の建物は、木造の三階建の建物であるが、右火災によつて、屋根は焼失し、二階以上の四囲の壁は焼け落ち、一階の天井も焼け抜け、僅かに一階の四囲の壁のうち、表側と両横側の一部のみを残したに過ぎない状態であり、物理的にいえば、地上部分の三分の二以上を焼失し、経済的にいえば、全焼に該当するものであるから、法律的にみれば、従前の建物は、滅失したものというべきである。そして、原告は、従前の建物の残骸の一部を利用して、本件建物を建築したが、もとより、従前の建物と本件建物とは、別箇な建物であつて、同一建物ではないから、被告朴の従前の建物について有した賃借権は、本件建物に存続するに由ない。

三、第三項の事実は否認する。もつとも、原告の代表取締役大山梅雄は、個人として、被告朴から、金五〇万円を受領した事実はあるが、右は、大山が後記第五の二(1)(ハ)の約定に基いて受領したものであつて、原告として受領したものではない。

四、第四項の事実のうち、被告朴が従前の建物において喫茶店を経営していた事実並びに被告朴及び同石井が従前の建物及び本件建物を占有している事実は認めるが、その余の事実は否認する。

五、第五項の事実は認める。

と述べた。

第六  本訴の再抗弁及び反訴の抗弁

原告訴訟代理人は、本訴の再抗弁及び反訴の抗弁として、

一、かりに、被告朴の有した従前の建物の賃借権が、本件建物について存続するとしても、原告は、昭和三四年九月中に、被告朴と合意の上、右賃貸借契約を解除した。

二、かりに右主張が理由がないとしても、

(1)  原告の代表取締役大山梅雄は、個人として、昭和三一年六月七日当時、被告朴に対し、金二五〇万円の貸金債権を有していたが、右大山は、昭和三三年七月二二日、被告朴との間に、右貸借金について、左記条項を含む契約を締結した。

(イ) 被告朴は、大山に対し、金二五〇万円の借入金債務を負担することを承認すること

(ロ) 大山は、右貸金を、被告朴の経営する喫茶店営業に対する出資金に振り替えること

(ハ) 被告朴は、右出資金に対する報償金として、大山に対し、毎月末日限り、金一〇万円ずつを支払うこと

(ニ) 大山は、被告朴の喫茶店営業に対し、監督及び助言をし、かつ、右営業に関する帳簿を閲覧することができること

(ホ) 被告朴は、右営業の収支を明確にし、大山に対し、その結果を報告すること

(2)  昭和三三年九月一二日、原告と被告朴の間に成立した従前の建物全部の賃貸借契約における約定は、左記のとおりである。

(イ) 使用目的は、喫茶店営業をすること

(ロ) 賃料は、一ケ月金二五万円、毎月二五日限り、その月分を支払うこと(但し、昭和三三年一〇月一五日以降は、合意の上、一日について金一万円とし毎日支払うことに改訂された。)

(ハ) 賃貸借期間は、昭和三四年四月三〇日までとすること、但し、合意の上、更新することができること

(ニ) 被告朴は、原告の承認を受けないで、営業の譲渡又は占有名義を変更しないこと

(ホ) 被告朴が、右(ロ)の賃料を期日に支払わないとき、右(ニ)の約定に違反したとき及び前記(1)の契約条項に違反したときその他不信義な行為をしたときは、原告は、催告をしないで、賃貸借契約を解除することができること

(3)  しかるに、被告朴は、(イ)右(2)(ニ)の約定に違反して、昭和三三年一〇月一四日、原告に無断で右喫茶店の営業を、被告石井に譲渡し、(ロ)右(2)(ロ)の約定に違反して、原告に対し、昭和三四年八月一二日から同年九月三日までの約定賃料を支払わず、(ハ)右(1)(ハ)の約定に違反して、大山に対し、昭和三三年一二月分以降の報償金を支払わず、(ニ)右(1)(ニ)の約定に違反して、大山に対し、帳簿の閲覧を拒み、(ホ)右(1)(ホ)の約定に違反して、大山に対し、一回も営業の報告をせず、殊に、被告朴は、従前の建物内の営業用の設備及び什器に火災保険を付していたので、前記昭和三四年九月四日の火災により、右保険金九百三十五万四千九百六十円を受領し得ることとなつたのに、右保険金請求権を訴外秋葉洋子に譲渡して、その収支を蒙晦とさせて、大山にも報告しなかつた(右事実は、右(2)(ホ)の不信義な行為にも該当する。)。

(4)  右(3)の事実は、(2)(ホ)の従前の建物の賃貸借契約の解除事由に該当するので、原告は、被告朴に対し、昭和三五年四月二六日到達の書面で、従前の建物の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

三、かりに、被告朴が本件建物について賃借権を有していたとしても、右賃借権は、右一又は二のいずれの理由によるも、消滅した。

と述べた。

第七  本訴の再抗弁及び反訴の抗弁に対する被告等及び被告朴の答弁並びに本訴の再々抗弁及び反訴の再抗弁

被告等訴訟代理人は、本訴の再抗弁に対する答弁及び再々抗弁として、被告朴訴訟代理人は、反訴の抗弁に対する答弁及び反訴の再抗弁として、

一、第一項の事実は否認する。なお、かりに、原告主張のように、合意解除があつたとしても、前記第四の三記載のように、右合意解除後である昭和三四年一〇月五日、被告朴は、原告から、本件建物を、同一約定で、賃借した。

二、第二項(1)の事実は否認する。原告の主張する金二五〇万円の貸金債権は、原告の代表取締役である大山梅雄個人の訴外新和興業株式会社(右訴外会社の代表取締役は、被告朴である。)に対する貸金債権であつて、大山の被告朴に対する貸金債権ではない。また、原告主張の契約は、大山が、右訴外会社から右貸金を回収する見込が立たなかつたので、被告朴を欺き、被告朴をして、右契約条項を記載した契約書に、押印させたに過ぎないものである。

三、第二項(2)のうち、(ロ)、(ハ)及び(ホ)は否認するが、その余は認める。(ロ)の賃料及び(ハ)の賃貸期間の約定は、前記第四の一(2)(ロ)及び(ハ)記載のとおりである。かりに、右(ホ)の約定があつたとしても、右約定は、原告の主張自体から明らかなように、賃貸借契約の当事者以外の第三者に対する債務不履行を、賃貸借契約の解除原因とするものであり、借家法第一条ノ二に規定する解除制限に違反し、賃借人に甚しく不利益な約定であるから、同法第六条によつて、無効である。

四、第二項(3)のうち、(ハ)の報償金を支払わなかつた事実及び(ホ)の火災保険金請求権を訴外秋葉幸子に譲渡した事実は認めるが、その余の事実は否認する。(イ)の営業の譲渡については、前記第四の四記載のように、頭初から、原告の承諾を得て、被告石井を営業名義人にしていたものである。(ロ)の賃料については、従前の建物が罹災した日である昭和三四年九月四日までの未払賃料は、金一二万円である(原告主張の期間の賃料が未払であつたとしても、一日金一万円の賃料は、一月を三〇日として計算する約定であつたから、その未払賃料は金二二万円である。)ところ、賃料は、二〇日分位を一括して支払う約定であつたから、右昭和三四年九月四日当時には、賃料の支払を遅滞していたことにはならないし、のみならず、被告朴は、原告の解除の意思表示前の同年一〇月五日に、右未払賃料及び再建後の本件建物の賃料の前払の趣旨で、原告に対し、金五〇万円を支払つているから、右解除の意思表示の当時には、賃料未払の事実はない。(ハ)、(ニ)及び(ホ)の事実が、解除事由にならないことは前記三に記載したとおりである。なお、(ニ)の帳簿の閲覧については、大山の要求があれば、被告朴はこれに応ずる用意があつたが、大山の要求がなかつたので、閲覧をさせなかつたに過ぎない。(ホ)の営業の報告については、被告朴は、大山と会う都度報告しており、また、保険金請求権を訴外秋葉幸子に譲渡したのは、大山の指示に従つたものである、即ち、当時被告朴が他に債務をを負担していたところから、大山は、被告朴に対し、右保険金を本件建物の再建費用等にあてるためには、他の債権者から右請求権を差し押えられないようにする必要があるが、その方便として、右請求権の名義人を信頼できる他人に変更するよう教示したので、被告朴は、右教示に従い、右請求権の名義人を、自分の実弟の嫁である右秋葉幸子に変更したものであり、大山も、右事実を知悉しているものであるから、右行為が、原告主張の(2)(ホ)の不信義な行為に該当しないことは明らかである。

五、第二項(4)の原告から被告に対する解除の意思表示のあつた事実は認める。しかし前記四記載のように、解除事由に該当する事実がないのであるから、右意思表示は、その効力を生ずるに由ない。

第八  証拠<省略>

理由

被告朴が昭和三三年九月一二日以来原告からその所有に係る従前の建物全部を賃借していた事実、右従前の建物が昭和三四年九月四日火災に罹つた事実及び本件建物が原告の所有に属する事実は、いずれも、当事者間に争がない。

先ず、従前の建物が右火災によつて滅失し、そのために、被告朴の有した右従前の建物についての賃借権が消滅したか否について判断する。およそ、建物が火災のため滅失したというためには、必ずしも全焼することを必要とするものではなく、全焼しなくても、相当程度の部分が焼失し、それがため、取引通念上建物としての経済的効用を喪失するに至れば、右建物は、滅失したものと解すべきであると同時に、建物の一部分が焼失したに止つて、なお、建物としての経済的効用が相当程度残存し、補修によつて、従来と同様な経済的効用を発揮できる状態であれば、右建物は滅失していないものと解すべきである。これを本件についてみれば(証拠―省略)を綜合すると、(一) 従前の建物は、屋根裏を三階とする半地下室付の三階建の木造建物であつたが、右三階から出火し、屋根の全部、及び二、三階の天井の全部が焼け落ち、一階の天井の一部も焼け抜け、二階以上の四囲の壁は、火災及び消火のため、崩れ落ちた結果、二階以上はほとんど全焼し、さらに、火が一階にも回つたため、一階から二階に通ずる階段も焦げ、一階の壁は、表道路に面する部分を除いて、その一部は破損し、木製の部分は焦げ、僅かに、表道路に面する部分のみは、モルタル、大理石張であつたため、損傷を免れ、また、柱は、一階の部分には多少焦げ方の少いものもあつたが、二階以上の部分は炭状を呈する程度に焼毀した事実、(二) 従つて、従前の建物は、いわゆる補修工事を施した程度では、到底従前と同様な経済的効用を発揮する由なく、また、大修繕をして使用するよりは、取り毀して新築する方が経済的に有利である事実、(三) 従前の建物の経済的価額は金三二一万余円であつたのに、右火災によつて、その九割九分以上にも相当する金三一九万余円の経済的価額を喪失し、残存価額はその一分にも足りない金二万余円である事実を各認定することができ(証拠―省略)他に右認定を覆すに足りる証拠はない。以上認定の事実によれば、従前の建物は、右火災により建物としての経済的効用を喪失したことによつて滅失したものというべきである。もつとも、(証拠―省略)によれば、従前の建物の敷地上に建築された原告所有の本件建物については、新築による保存登記をせずに、従前の建物の登記簿を利用して、その変更登記がされているが、(証拠―省略)を綜合すると、(一) 従前の建物の敷地は、訴外人の所有に係り、原告において賃借していたものであるが、従前の建物が火災により滅失した直後、右敷地の所有権が移動する恐があつたところから、原告が、従前の建物について滅失登記をし、建物を新築した上、新築建物について保存登記をしたのでは、その間に敷地の所有権の取得した者に対し、建物保護法による賃借権の対抗力を主張できないので、原告は、本件建物の建築前に急遽従前の建物の登記簿を利用して、構造変更による変更登記を経由した事実、(二) 右認定のように、従前の建物は滅失したが、従前の建物の敷地は、甲種防火地域に属するため、耐火建築物(鉄筋コンクリート造の建物以外の建築は許されないのに、右(一)のように、変更登記を経由してしまつた等の事情から、原告は、外観上は従前の建物の改築のように装い、従前の建物の焼残物件としては、一階部分の柱のみを使用し、他は、すべて新しい資材を使用し、経費約金二九〇万円を投じて、木造二階建の事務所用の本件建物を建築した事実を各認定することができ、右認定を左右するに足りる何等の証拠もない。上叙認定の事実によれば、本件建物は、滅失した従前の建物の焼残物件をも、その資材の一部として利用して建築されたものではあるが、滅失した従前の建物とは別箇な建物であることは明らかである(なお、従前の建物の登記簿を利用してされた変更登記が本件建物の登記として有効であるか否は、本件建物の特定について当事者間に争のない以上、本件における争点と関係がないから、判断しない。)。従つて、被告朴の有した従前の建物についての賃借権は、従前の建物の滅失と同時に、消滅し、本件建物について存続するに由ない。

被告等及び被告朴は、被告朴が、従前の建物の滅失後、原告から、本件建物を、従前の建物の賃借条件と同一条件で、賃借した旨主張するが、右主張にそう(証拠―省略)は、後顕証拠に対比して、措信できず、反つて、前記認定のように、本件建物が事務所用の建物である事実及び(証拠―省略)によれば、かかる事実がなかつたことを認めることができる。また、被告朴石鼓本人は、従前の建物の未払賃料及び再建後の本件建物の賃料の前払の趣旨で、原告に対し金五〇万円を支払つた旨を供述するが、その書証として被告等及び被告朴の提出にかかる乙第五号記によれば、右支払は、原告の代表取締役である大山梅雄個人に対してされたものとしか考えられず、さらに、この点に関する(証拠―省略)を綜合すれば、(一) 原告の代表取締役大山梅雄は、個人として、昭和三三年七月二二日現在において、被告朴に対し、金二五〇万円の貸金債権を有していたところ、同日、右大山と被告朴との間において、被告朴が右大山に対し右借入金を毎月金一〇万円ずつ弁済する旨の契約が成立し、被告朴が、昭和三四年一〇月、右契約の履行として、被告朴石鼓本人が供述する金五〇万円を、右大山に弁済した事実、(二) 従つて、被告朴のした右金五〇万円の支払は、従前の建物及び本件建物の賃料とは、全く関係のない事実を各認定することができるから、右被告朴石鼓本人の供述部分は、措信できない。

されば、被告朴が本件建物について賃借権を有しないことは明かであるから、爾余の判断をまつまでもなく、原告の被告朴に対する右賃借権の不存在確認を求める本訴請求は理由があり、被告朴の原告に対する右賃借権の存在確認を求める反訴請求は理由がない。また、被告朴及び同石井が本件建物を占有している事実並びに被告等が本件建物について原告主張のような工事をしている事実は、原、被告間に争のないところであり、被告等は、右占有及び工事の施行について、本件建物の所有者である原告に対抗できる権限を有する旨抗争するが、その抗弁は、いずれも、被告朴が本件建物について賃借権を有すること又はこれを前提とするものであるから、被告等の抗弁は、採用するに由ない。従つて、原告の被告朴及び同石井に対する本件建物の明渡を求める請求並びに被告等に対し右工事の禁止を求める請求は、いずれも理由がある。

よつて、原告の本訴請求は、すべて認容し、被告朴の反訴請求は、棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条及び第九三条第一項本文を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第五部

裁判官 豊 水 道 祐

第一および第二物件目録<省略>

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